日本で最も東に位置する日本語学校の一つ、北海道中標津町(なかしべつちょう)にある、岩谷学園ひがし北海道日本語学校。2021年の開校以来、東南アジアをはじめ世界各国から留学生を受け入れています。学生たちが地域の人々に愛され、町に溶け込んでいるのもこの学校の大きな特徴。その秘訣は、同校が掲げる「笑顔循環システム」にありそうです。同校の飯田雄士校長先生をはじめ、現場で学生たちと向き合う先生方に詳しいお話をうかがいました。

岩谷学園ひがし北海道日本語学校
学生のため、地域のため、何事も「ワンチーム」で取り組むことを大切にしている教職員のみなさま。今回のインタビューも6名の先生方にご参加いただき、素晴らしいチームワークを発揮していただきました。
校長 飯田雄士先生
教務主任 青木健悟先生
日本語教員 武良亜友美先生(本校4年目)
日本語教員 菅野敦子先生(本校1年目)
日本語教員 金田実礼先生(本校1年目)
日本語教員 佐藤志帆先生(本校1年目)
人口2万2000人の町を支える日本語学校

――まず、岩谷学園ひがし北海道日本語学校が開校した経緯について教えてください。
飯田校長先生: この地域の経済界からの要望を受けて、横浜市に本部を置く岩谷学園が、その声に応える形で2021年4月に開校しました。当校のある道東エリアの根室地方には、大学や専門学校がありませんでした。このエリアの中央にある中標津町には乳製品の大規模工場があり、商工業や建設業でも地域の中心的な役割を担っています。近隣の釧路地方やオホーツク地方からも買い物客が多く訪れ、人口わずか2万2000人ながら、8万人規模の商業圏を形成しているのです。しかし若い人の多くが札幌や首都圏へ流出していたことから、「若者と外国人が支えるまちづくり」を目的として、岩谷学園が地域の経済団体や自治体と連携協定を結び、中標津町にIT専門学校と日本語学校を開校することになったのです。
現在、多文化共生社会の推進はもちろん、100名近い留学生が週28時間以内のアルバイトをして毎月1000万円以上の労働力を創出するなど、地域に多くの「副産物」をもたらしています。
――現在の学校の様子はいかがでしょうか。
青木先生: 開校当初はコロナ禍で入学生ゼロからのスタートでしたが、現在、8か国から88名の学生が在籍しています。岩谷学園が掲げる教育テーマ「楽しい教育」のもと、学生たちは、分かり合える日本語を身につけるために日々意欲的に学んでいます。
――学生さんたちの日々の様子を教えてください。
武良先生: 学生たちは皆、日本での将来の夢や明確な目的を持って入学してきます。その高いモチベーションは、入学後も変わることがありません。彼らの意欲、素直さ、何事にも一生懸命に取り組む姿には、私たち教員も感心させられています。
そのひたむきさは、アルバイト先の方々からも高く評価されています。「本当に助かっています」「彼らの力がなければ店を維持できません」といった感謝の言葉を耳にするたび、留学生一人ひとりの良さが地域で生かされているのだと実感します。
また当校の学生たちは、地域との交流に非常に積極的です。「日本人と交流したい」「日本文化を体験したい」という思いが強く、町のお祭りやイベントには率先して参加しています。今年のお祭りでは7割以上の学生が参加し、お神輿を担いだり、和太鼓を叩きながらパレードに参加したり、町民の方々と一緒に盆踊りを踊ったり、運営を手伝ったりと大活躍でした。中標津は行事が多い町で、もうすぐクロスカントリー大会があるんですが、そこでも60名の学生が参加を予定しています。

なぜ都会ではなく中標津町へ?留学生を惹きつける町の魅力
――数ある日本語学校の中から、留学生たちはなぜ中標津を選ぶのでしょうか。
飯田校長先生: まず、中標津町は犯罪が少なく、非常に治安が良いので、学生たちは安心して勉強に集中することができます。また都会と比べて生活費が安く、現在は中標津町から支援金も支給されているので、経済的な負担が軽くなっています。
開校当初は、学生のご家族が治安の良さを理由に勧めてくださるケースが多かったようですが、今は口コミの力も大きいですね。地域から「大切な存在」として温かく迎え入れられている学生たちが、自らSNSなどでこの学校、この町の魅力を発信し、それが友人や知人の入学につながるケースが非常に増えています。
――地域で愛される人材を育てるために、どのような指導をされているのでしょうか。
青木先生: 日本で外国籍の方による犯罪がニュースになると、残念ながら外国人全体に対してネガティブな印象を持たれがちです。そのような事態を未然に防ぐためにも、日頃からのきめ細かな指導が何より重要だと私たちは考えています。当校では日本のマナーや礼儀作法など、生活指導を徹底しています。一番大変なのは“時間厳守”ですね。時間に対する感覚が本当に違うので。でも日本社会では大切なことですから、身に着くまで根気強く指導しています。
飯田校長先生: 交通安全教室や避難訓練を毎月実施し、警察署や消防署の方を招いて講習会も開いています。今日もこのあと警察署の方に来ていただいて、クマに襲われないための訓練があるんですよ。北海道ならではの光景かもしれませんね。
――貴校が掲げている「笑顔循環システム」について教えてください。
飯田校長先生: 私たちは、地域にたくさんの「笑顔」を生み出していると自負しています。留学生たちの笑顔、素直さ、ひたむきな姿が、地域の人々の心を和ませ、笑顔にしてくれます。そして地域の皆さんの笑顔がまた留学生たちに還り、彼らをさらに笑顔にします。
私たち教職員も毎日忙しくしていますが、学生たちの頑張る姿や笑顔に触れると、疲れも吹き飛び、自然と笑顔になります。それがまた学生たちの笑顔につながります。このように留学生と教職員、地域の三者が笑顔を通じてつながり、好循環を生み出していく。これが「笑顔循環システム」です。笑顔の好循環を促しながら、自分自身もその輪の中で自然と笑顔になれることが、私たちの仕事の魅力だと思います。
――そのような素晴らしい人柄の留学生をどのように集めているのでしょうか。
飯田校長先生: 学生の募集や選考については横浜の本部が担当していますが、そもそも日本を目指す若者たちは、純粋な心を持った子が多いように感じます。
そして何より、本校の教員たちは本当に深い愛情を持って学生一人ひとりに接しています。学生たちは素直な心のまま入学し、地域からも先生からも大切にされ、その素直さを失わずに卒業していく。それが当校の学生たちの素晴らしいところだと思います。

教職員がワンチームで支える、明るい教育現場
――学生さんの素晴らしさはもちろんですが、先生方のチームワークの良さも感じますね。
青木先生: 当校には5つのクラスがあり、5名の日本語教員が担任としてそれぞれクラス運営を務めていますが、授業の担当は固定せず、全員で回しています。教員が少ないからこそ、その日の授業の様子やうまくいったこと、いかなかったことなどが自然と共有されています。
うちの組織は、誰か一人が先頭に立って引っ張る「機関車型」ではなく、全ての車両にエンジンが搭載されている「新幹線型」。年齢や立場に関係なく率直に意見を言い合える風土があるので、教員一人ひとりの良さが生かされていると実感していますし、常に新しい発想で教育内容をアップデートできていると思います。
――今年の4月に入職したばかりの3名の先生方も、この場に来てくださっていますね。先生方それぞれの、この仕事への思いをお聞かせください。
菅野先生: 私はもともと東京の学校で非常勤として働いていましたが、常勤も経験してみたいと思い、実家の近くである当校の募集を偶然見つけて今に至ります。我が子より年下の学生も多いので、つい母親のような気持ちになりますが、一人の大人としてリスペクトを持って接することを心がけています。
驚いたのは、当校には授業中に居眠りをする学生がいないんです。都会の学校では居眠りは珍しくなかったので、びっくりしました。そして何より、中標津町では地域の方が本当に優しく接してくださることを、学生たちも感じているようです。学生にとっても、私たち教員にとっても本当に素晴らしい環境です。
佐藤先生: 私はここ中標津町が地元なので、学生から町のことをよく聞かれますし、休日に町を歩けば、どこかしらで学生にばったり会います。この小さな町だからこそ、彼らは地域の人々から大切にされる存在なのだと実感しますね。
私が子供の頃にはほとんど見かけることがなかった外国人の方が、今では中標津町に溶け込んでいて、地域全体で「多文化共生」が進んでいるのを感じます。私たちは、彼らが将来、日本のどこで働くことになっても困らないように、生活指導も含めて、その「土台」を作るお手伝いをしています。そのことに大きなやりがいを感じながら、楽しく働いています。
金田先生:学生さんたちが日本に来て、東京や大阪のような大きな町ではなく、わざわざ中標津町を選んでくれるというのは本当にありがたいことだと思います。慢性的な労働力不足の中、貴重な戦力になってくださっているというのはもちろんその通りなんですけど、それだけではなく、学生さんたちの目標や将来の夢を叶えるための手助けを、私たち教員でやっていければいいなと思っています。

――最後に、このインタビューを読んでいる方へメッセージをお願いします。
飯田校長先生: 私たちはこれからも、留学生たちに深い教育的愛情を注ぎ、日本語能力と日本で働くための社会人力を育む責任ある指導を続けていきます。そして、留学生一人ひとりの夢や希望、能力に合った進路の選択肢を、さらに広げていきたいと思います。
日本で最も東に位置する日本語学校ですので、都会志向の若い方には、なかなか選んでもらえないかもしれませんが、私たちのような地域密着型日本語学校の魅力が少しでも伝わり、多くの留学生、そして日本語教師を志す方々が、中標津町を選んでくれるようになることを心から願っています。ぜひ、私たちの仲間になってください。


