外国籍児童生徒への教育支援・「山武モデル」で大学生も成長――城西国際大学 林 千賀教授

 城西国際大学では、キャンパスに隣接する千葉県山武市と連携し、市内在住の外国籍児童を対象とした日本語教育支援に取り組んでいます。その中心人物が、日本語教育の専門家である林千賀先生。行政、学校、地域、大学をつなぎ、外国にルーツを持つ児童とその家族を多面的に支えるこの実践は「山武モデル」として注目を集めています。本記事では、支援の現場で見えてきた課題や可能性、そしてこの活動に携わる学生に生まれる変容について、林先生にお話を伺いました。

取材にご協力いただいた先生

林 千賀 先生
城西国際大学国際人文学部国際交流学科 教授、元留学生別科別科長

1987年から外国人に日本語を教え、1989年からは米国の大学で10年以上、日本語を教える。城西国際大学では、日本語教員養成課程(副専攻)の科目や大学院の日本語教育研究関連の科目を教える。演習は、学部、修士、博士を担当し論文指導をおこなっている。最近は語用論の知見をもとにした観光関連の外国人材育成のための日本語教育に関心がある。

目次

外国籍児童生徒への日本語教育支援

―貴学が山武市と正式に協定を締結したのは2023年の1月だったそうですが、それ以前からこういった外国籍の子どもたちに日本語を教えること、またその支援には取り組まれていたのでしょうか?

そもそもの始まりは、市内で外国籍の方の生活支援等をしている方と市役所の方が本学の教務課に相談に来られたことがきっかけでした。
そのときの相談は、シンハラ語(スリランカの公用語の一つで、スリランカの多数派であるシンハラ人が話す言語)を通訳できる留学生を紹介してほしいということだったのですが、色々とお話を伺っていくうちに、山武市に急増するスリランカ児童生徒のための日本語支援をすることは可能かという話になったんです。そしてゼミ生の学習支援が始まり、本学の日本語教員も関わるようになりました。

―交流というのは具体的にはどのようなことでしょうか?

小中学校の先生たちが月に一回集まって「日本語指導支援担当者会議」というものをやっているのですが、その会議の中で、本学の日本語教育に携わる6名の教員がそれぞれのテーマで講義をするというのが一つ。もう一つは、私のゼミ生が行っている、外国籍の子どもたちに向けた学習支援やゲームを交えた交流会。この二つを始めて、現在も続いています。担当者会議での講義は年間5~6回、交流会は年間10回ほど実施していて、7月と8月は外国にルーツを持つ子どもたちに本学に来てもらい、お習字の文化体験や運動会といった催しもしています。

交流会でする遊びは動詞や形容詞の自作のカルタが定番ですが、カルタ以外にも日本語教育の視点でオリジナルのゲームやルールを考案しています。例えば「だるまさんが転んだ」をベースにして、「だるまさんが『寝た』」とか「だるまさんが『食べた』」というように基本動詞を変えていって、それに合わせて子どもたちは寝転んだり、食べるまねをしたり。あとは漢字のビンゴゲームとか、「フルーツバスケット」という小学生がよくやる遊びをベースに、“形容詞+人”で面白い人、元気な人、楽しい人などをフルーツの代わりにしてこのゲームをします。

―子どもたちが遊びをする中で日本語を学べるように工夫されているのですね。

教材の学習もやりますが、ずっとそれをするだけだったら飽きちゃいますからね。いつも交流会は、4つの島に分けて、一つの島は教材学習の時間、もう一つの島はカルタの時間、こっちは漢字を導入した後のビンゴの時間、こっちは掛け算練習の時間という形で、一つの島が大体20~30分でローテーションしています。
掛け算は山武市から依頼があって始めたのですが、「3×8」「2×4」などの掛け算の式が書かれたカードを使ってやります。単純に計算結果を言うだけではなく、カルタ形式で、例えば「答えが24になるのは?」と言ったら、子どもたちは「3×8」とか「6×4」のカードを取る、みたいなゲームにしています。
ゲームなので、子どもたちとしてはいっぱいやりたい、つまりものすごい意欲を見せてくれるし、勝つために集中してやってくれますよ。

実践を重ねて構築した「山武モデル」

―ちなみに、交流会に来られるお子さんたちの国籍はバラバラなんですか?

スリランカ国籍のお子さんが圧倒的多数で、今80人以上はいるようです。他の市町村も東南アジア国籍の方は多いですが、山武市はスリランカ国籍の方が突出して多いです。
子どもたちの親御さんの日本語レベルに関して言えば、お父さんは車関係の仕事をされているので日本語が話せますが、お母さんはうまく話せないことが多いですね。

ここまでお話しさせていただいたような取り組み、つまり山武市の外国籍児童生徒への日本語教育支援の在り方を「山武モデル」として米国で行われた日本語教育国際研究大会で発表しました。先日も日本語教育学会でポスター発表させていただきました。
外国にルーツを持つ子どもたちへの支援は、多くの自治体で実施されていますが、指導員⇔行政⇔ゼミ大学生ボランティアのように横の繋がりってなかなかないんですね。そういったバラバラな状態に、大学日本語専門家が横串を刺す形でネットワークを構築したのが山武モデルです。
もちろん、子どもたちに対して直接支援をするのは指導員や行政、ゼミ大学生ボランティアの方ですが、その支援者に対して日本語講習会の指導や、様々な調査・分析といった形で私たち大学日本語専門家が間接支援を行うことで、子どもたちへの支援体制がより盤石なものになります。
こういったネットワークは、私の知る限り他にはなく、山武市で私たちが実践する中で構築されたモデルだと考えています。

―大学が地域の中でまさに「縁の下の力持ち」として機能することで、子どもたちへの支援体制がより盤石になるわけですね。

学生は傍観者から始まり、やがてコアメンバーへ

―この山武モデルの中の「ゼミ大学生」に着目したいのですが、学生さんは年間10回の交流会に参加する中で、指導が上達したり、子どもとのコミュニケーションもうまくなったりしていくものですか?

その点については、ちょうど今回の学会で発表したことでもあるんですが、新しくゼミに入ってきた3年生は、4月の時点では単なる傍観者なんです。「交流会ってどうやってるのかな」みたいな感じで見ているだけ。で、4年生がコアグループとして、教材を作成したり活動を引っ張ったりしていくわけです。
そうすると、交流会の回を重ねるごとに、最初は傍観者だった3年生たちがアクティブに参加し始めるんですね。4月から始めて大体半年は4年生がコアグループですが、9月になると、その役割を3年生が担って教材の作成や交流会の進行を行い、4年生はどちらかというとアドバイス役に回るようになります。

私のゼミ生には、この活動の振り返りレポートを提出してもらうのですが、そのレポートを分析すると、3年生と4年生には明確な違いがあることが分かりました。
例えば、3年生のレポートでは、教える難しさの実感や、子どもたちの姿勢への感銘といった感想が多く見られます。この段階では、交流会を運営する上で必要となるスキルや工夫を先輩から学んでいるとか、仲間や先輩たちと連携の重要性を実感しているといったコメントが多い傾向があります。これに対して4年生になると、教えることのやりがいや喜び、あるいは児童一人ひとりへの個別性の配慮といったコメントが見られるようになります。例えば「(子どもが)自分の力で意味を理解してくれたときに大きなやりがいと達成感を感じる」とか「一人ひとりの様子をよく観察し、それぞれに合った声がけやサポートを意識するようになった」など、自分自身が主体となって活動に参加しているものの言い方に変わるんですね。

先ほど3年生は「傍観者」という表現をしましたが、最初は傍観者・新参者として共同体(今回のケースで言えば交流会)の”周辺”で簡単な役割から参加し、徐々に重要な仕事へと関与を深め、コアメンバー(エキスパート)へと成長していくこと、またその過程を通じて知識やスキルの習得、また「自分は一人前である」という自己認識の変容が生じることを、学術的には「正統的周辺参加」「実践共同体」という理論として体系づけられています。

今回の学会では、私のゼミで実践している交流会を通じてこれらの理論を検証するとともに、外国にルーツを持つ子どもたちに対する持続可能な包括的支援体制の在り方について研究発表させてもらいました。

―学年を横断して、新参者と古参者が一つの共同体で学びあっているというのはすごく良いですね。

そうなんです。昔はそれこそ私が全部指導していたんですが、今は3年生が先輩たちを見て学んで自分も同じようにやってみる、ということで私が指導することが劇的に減りました。元からそれを狙ったわけではないのですが、そういう循環が出来てきていますね。
先ほどお話しした「フルーツバスケット」は初めての試みだったので、教材作成までは3年生がやって、ゲーム自体は4年生がやって見せるという役割分担になりました。

―林先生としては、外国籍の子どもたちと、学生さんたちの両方の成長を目の当たりにできるわけですね。

そうですね。この取り組みはもう3、4年やっているので、最初に来た時点では幼稚園生だった子が今もう小学校2、3年生なんです。それが本当にびっくりしますね。初めて会ったときはまだ赤ちゃんみたいだったのに、「もうこんなに大きくなったんだね~」なんて言いながら。
ただ、交流会に参加する子どもたちに関しては、毎回交流会に来るわけではなく、多いときで20人、少ないときで6~7人という感じで、誰が来るかもわかりません。家族で来日したけど諸事情で帰国してしまった、あるいは一度帰国したけどもう一度来日したとか、はたまた親族総出で来日したとか、ご家庭の状況も本当に千差万別です。
なので、交流会参加者の日本語レベルの判断は結構難しいです。私のゼミに関しては、交流会の最初に私が子どもたちと会話をして、例えば「この子には初級を」と判断したら、初級用の島を急遽作って学生についてもらうとか対応していますが、その都度その場で判断が必要になることが多く、現場の指導員の方々も悩まれているところではありますね。

山武モデルでの経験が進路に活きる

―学生さんたちの進路についてなんですが、林先生のゼミでは日本語教員を目指す方が多いですか?

大体毎年、各学年に一人か二人は日本語教師になっています。本当は皆さんが日本語教員を目指してくれたら私としては有難いです。
林ゼミは毎年6、7月にはほとんど内定が決まっているんですが、それは企業の就職面接のときに学生時代に力を入れたこととしてこの山武市の活動について話をすると、企業さんからすごく興味を持ってもらえるみたいなんですね。
就職先としてはホテルや空港などの接客業、あとは職種でいうと営業職として企業に就職する学生が多いんですが、グローバルなビジネス環境の中で、学生のうちから身につけている外国人とのコミュニケーションスキルとか実践的な「やさしい日本語」が、ビジネスの現場ですぐに生かせそうだと思ってもらえるからなのかなと。
もちろん、企業に就職する他にも、私のゼミからは毎年必ず日本語教員になる学生はいますし、大学院に進学する学生もいます。本学の人文科学研究科(大学院)には博士課程もあり、今年、大学院修士から、博士課程に進学した中国人留学生が博士号を取得しました。現在は中国の大学で日本語教員として働いています。
学部から修士・博士課程まで全部一つのラインで続いているという特長が本学にはありますので、教員としてはおかげさまで人材育成がしやすい場所だと感じています。

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