国内需要が高まる今、大学は「日本語教員」をどう育てるか――藤女子大学 日本語教員養成課程 副田 恵理子 教授 

 日本で働く外国人労働者の増加に伴い、日本語教員の需要も急速に高まっています。2024年からは国家資格「登録日本語教員」制度もスタートし、日本語教育は大きな変革期を迎えています。

 藤女子大学(札幌市北区)が日本語教員養成課程を新設したのは2003年。日本語教員という職業がまだ広く知られていなかった時代から20年以上にわたり、その担い手の育成に取り組んできました。社会の変化と共にどのような教育を実践し、どのような人材を輩出してきたのか、今後の日本語教育業界に必要なことは何なのか、同課程の副田恵理子教授にお話を伺いました。

取材にご協力いただいた先生

藤女子大学 副田恵理子先生
文学部 日本語・日本文学科 教授


研究分野は日本語教育・日本語教師教育。
主な担当科目は日本語教授法、日本語教育概論、日本語教育実習。日本語教員養成課程を担当。
オーストラリア・モナシュ大学でMA(Master of Arts)取得。
自身がオーストラリアで外国人学習者として英語を習得した経験を研究と指導に活かしている。

目次

日本語教員の活躍の場は、海外から国内へ

――貴学の日本語教員養成課程には20年以上の歴史があると伺いました。どのような背景で設立されたのでしょうか?

 日本語教員養成課程ができたのが2003年、私が入ったのは06年からですが、当初、日本語教師の仕事といえば海外が主戦場だったんです。
 本学はキリスト教系の大学ということもあり、国際交流や海外とのつながりを重視してきました。海外で活躍できる人材、特に日本語教師として世界に羽ばたいていく人材を育てたいという思いが背景にあったのでしょう。実際、当時の卒業生たちの多くは海外での活躍を目指していました。

――なるほど、スタート地点は海外だったのですね。

 はい。しかし当時はまだ日本語教師の地位が確立されておらず、特に海外では給与がきちんと支払われなかったり、ひどいケースでは強制送還されてしまったり、トラブルが絶えませんでした。卒業生からそのような相談を受けるたびに、私も心苦しい思いをしました。本当に2年に1人、海外で日本語教師として定着できれば良いほう、という時代だったんです。
 また国内にも活躍の場はほとんどありませんでした。毎年50〜60人もの学生が課程を修了していましたが、その知識や情熱を活かせる場はかなり限られていました。

――現在、状況は一変しました。特にここ数年、国内での需要は大きく伸びていますね。

 おっしゃる通りです。技能実習生をはじめ日本で生活する外国の方が急増し、首都圏のみならず全国で日本語教育が必要とされるようになりました。
 今も世間の認識が追いついていない部分もあります。例えば、今の学生さんのご両親世代だと、「日本語教師は海外でしか仕事がないのでは?」というイメージをまだお持ちの方もいらっしゃいます。高校生や保護者の方とお話しすると、国内に活躍の場があるのかとよく質問されますね。それだけ急激に状況が変わったということだと思います。やはり「登録日本語教員」制度の導入は大きかったですね。
 本課程の教育内容も20年でかなり変わりました。かつては座学でも学生たちは熱心に聞いてくれましたが、中学や高校でアクティブラーニングを経験してきた今の学生たちには、一方的な講義だけでは物足りないようです。ですから、授業では「今の北海道の日本語教育の現状を調べてみよう」「共生社会を実現するために何が必要か考えてみよう」といったテーマを与え、学生たち自身が調査し、発表し、意見交換する時間を大切にしています。

藤女子大学日本語教員養成課程が掲げる3つの強み

――貴学の課程ならではの特色や強みを教えてください。

 1つは先ほどお話しした「学生主体のアクティブラーニング」、もう1つは「学習者と触れ合う豊富な機会」、そして「“本物の現場”で行う教育実習」、この3つの柱が本課程の大きな特徴です。

――2つ目の「学習者と触れ合う機会」について、詳しくお聞かせください。

 本課程では、ボランティア活動への参加を奨励しています。例えば、(公財)札幌国際プラザが主催する、地域在住の外国人と日本人ボランティアがおしゃべりを楽しむイベントがあります。学生たちには、このような交流の場に積極的に参加してもらっています。キャンパスで講義を受けるだけでは、実際の日本語学習者がどんな日本語を話し、どんな点でつまずいているかというところまではなかなかイメージできないですからね。
 初めのうちは、こちらから「学生をボランティアとして受け入れてもらえませんか?」とお願いして回っていたのですが、今では逆に様々な団体や日本語学校、日本語教室 から「ぜひ学生さんを派遣してください。 」と依頼が来るようになりました。

――それだけ地域でもニーズが高まっているんですね。では3つ目の柱、教育実習についてはいかがですか?

 以前は教壇実習のために留学生にアルバイト代を払って集まってもらうようなやり方が一般的でしたが、日本語教員が国家資格化したことで、ちゃんと正規の日本語教育プログラムの授業 に入って実習を行うことが義務付けられました。
 本課程では、この制度が始まる数年前から、実習に協力してくださる日本語学校を探し、札幌市内の5校と提携して、学生を実習生として送り込む体制を構築してきました。作り物ではないリアルな教育現場を経験してもらうためです。出身地もバックグラウンドも異なる学生が集まったクラスで、日本語学習に熱心な学生もいれば、なかなか馴染めない学生もいる。そんな環境の中で教壇に立ち、また日本語学校の先生方がどんな工夫をして授業を運営しているのかを見せてもらうことができる、貴重な機会だと思います。

――海外での実習も行っているのですか?

 以前は海外実習も盛んで20人規模で学生を派遣していた時期もありました。しかし、現地の大学で日本語を学ぶ学生は年々減少し、また、教壇実習で各実習生が担当すべき時間が増えたことから、最近は受け入れ可能な人数が7名までと限られおり、希望者は多数いるものの、選抜しての実施となっています。

日本語教員の地位向上と待遇改善を

――これだけ実践的な学びを積めば、卒業後は即戦力として活躍できそうですね。実際、卒業生の皆さんの多くは日本語教師として就職しているのでしょうか?

 実はそうでもないんです。正直なところ、国家資格を取得して卒業した最初の学年でも、日本語教師になった学生はまだいません。

――えっ、そうなんですか?

 はい。日本語学校の合同説明会などで日本語教員の給与の相場を知った学生が「これだけ?」と驚いてしまったという話をよく聞きます。しかも今、新卒の就活市場は売り手市場が続いていますから、学生たちはより待遇の良い企業にいってしまいますよね。
 本当 は日本語教師になって欲しいという思いはありますが、私たちの目的は、単に日本語教師を養成することだけではなく、言語としての日本語や異文化との共生、“教える”ための手法を深く学んだ、広い意味での「日本語教育人材」を社会に送り出すことにあると思っています。卒業生の中には、マスコミに進んでアナウンサーになったり、学校や塾の先生になったりする者もいます。観光業や一般企業で、日本人と外国人の橋渡し役として活躍している卒業生も大勢います。資格を取ったからといってすぐに日本語教員にならなくても、その知識や経験を生かして社会の様々な場所で活躍してくれたらいいと思います。

――日本語教師にならなかったとしても、学んだことは何らかの形で活きているわけですね。それでは最後に、日本語教育業界の課題と今後の展望について、先生のお考えをお聞かせください。

 昨年スタートした登録日本語教員制度は、日本語教育が新たなステージに進むための大きな一歩だったと思います。今はまさに過渡期です。課題は山積していますが、一番はやはり日本語教員の専門職としての地位向上と待遇改善でしょう。ボランティアの善意に頼るのではなく、専門的な知識とスキルを持つ人がきちんと評価され、日本語教員として安定した生活を送れるような仕組み作りが必要です。教育機関でできることは限られていますから、国や自治体にももっと積極的にかかわってほしいですね。
 特に北海道は、神奈川や愛知のような日本語教育の先進地域に比べると体制の整備が遅れています。地域日本語教育コーディネーターの数も足りていません。
 私自身も、大学での研究や調査を通じて行政に働きかけていくことで、少しでも北海道の日本語教育を取り巻く環境の充実に寄与したいと考えています。

――副田先生、本日は貴重なお話をありがとうございました。

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