2024年に登録日本語教員制度がスタートし、日本語教育業界が大きな変革期を迎える中、2025年6月に登録日本語教員養成機関として文科省に登録されたのが、ノートルダム清心女子大学(岡山市北区)です。
同大学の日本語教員養成の歴史は1997年にまで遡ります。約30年にわたり、どのような理念のもとで日本語教員を育成してきたのでしょうか。
同学で養成課程に携わる星野佳之准教授と、同学客員准教授であり、日本語教育の現場でも豊富な経験を持つ青井由佳先生にお話をうかがいました。


星野 佳之 先生(左)
ノートルダム清心女子大学 文学部日本語日本文学科 准教授(登録日本語教員養成課程・主任)
青井 由佳 先生(右)
同大学客員准教授(登録日本語教員、ノートルダム清心女子大学国語国文学科卒業)
「生きた現場」を重視 現役教師が肌感覚で伝える日本語教育

――貴学が日本語教員養成課程を創設して約30年ですが、特にここ数年は日本国内に住む外国の方も増え、日本語教師の需要はますます高まっています。現在、学生さんたちはどのような動機でこの養成課程を選択しているのでしょうか。
星野先生:実は、最初から「日本語教師になりたい」という強いモチベーションを持っている学生ばかりではありません。もちろん、入学面接で「日本語教師になりたい」と言う学生もいますが、多くは「多文化共生に興味がある」「異文化理解を深めたい」というようなモチベーションで履修しています。
これまで本課程を選ぶのは日本語日本文学科の学生が大半でしたが、昨年度に多文化共生を学ぶ「国際文化学科」が開設されたことで、今は同学科からの履修者が増えています。
――なるほど。日本語教師を目指しているというよりは、日本語を学んでいる外国人の方を理解することを目的としている学生さんが多いんですね。
星野先生: おっしゃる通りです。本学は教職に強い大学で、岡山県内でも多くの教員を輩出しています。日本語教師を目指さない学生であっても、教育現場で外国にルーツを持つ子供たちと接する機会は増えています。その際に適切な指導や支援ができる教員を地域に送り出すことに、大きな意義があると考えています。
――そんな貴学の日本語教員養成課程の特徴や強みを教えてください。
星野先生:強みといえば、ここにいる青井由佳先生の存在そのものでしょう。
青井先生:恐縮です(笑)。
星野先生:青井先生は長年、日本語学校や大学、地域のボランティアなど様々な現場で日本語を教え続けているベテランです。その経験を活かして、今年度から本学の客員准教授として、より深く課程に関わってもらっています。
今、どんな国から来た人たちが、何を知りたくて、どんなことに困っているのか。そんな肌感覚の情報を、本学の学生たちはリアルタイムで学ぶことができます。
青井先生:私は毎週月曜から水曜までは日本語教育の現場で留学生を相手にしているので、本学の講義では「最近、教室でこういうことがあってね」という鮮度の高いエピソードを学生に伝えることができます。
あとは、学生を実際の現場に繋ぐ機会も積極的に設けています。例えば、岡山市内にある専門学校と連携し、そこの留学生と本学の学生との交流会を毎年開催しています。今年度からはその回数を年2回に増やしました。
――交流会を通して、学生さんたちの反応はいかがですか。
星野先生:かなり良い刺激になっているようです。日頃模擬授業のデザインなどをする際に「いつか教室で教える相手」としてイメージすることの多い留学生たちが、交流会で同年代の「生身の人間」として接することになります。そして最後に代表の留学生が述べてくれる御礼の言葉が、本当に堂々とした立派な日本語なんです。
説教がましくなるので私たちの口からはあまり言わないようにしていますが、「あの留学生たちは日本語であなたたちと対等に話している。じゃああなたは2年後にミャンマーに行って、同じことができるか?」というようなことを、学生たちが自ら気づき、留学生へのリスペクトが生まれる。これは非常に貴重な経験だと思います。

地域と連携し、「社会をデザインする」人材を育てる
――授業だけでなく、実践的な交流の機会を大切にされているのですね。
星野先生:そうです。今回のカリキュラム改正に伴い台湾実習を経た後、課程の総まとめとして「岡山の実態に合った日本語教育プログラムをデザインする」授業を設けました。学生が県内の状況を自ら調査に行き、課題を見つけ、それに対応するためのカリキュラムを設計するというものです。日本語をまだ上手に話せない外国人のニーズや、それを迎えるホスト側の困りごとはないか、あるとしたらどんなことか。「岡山のこの地域が抱える課題を解決するために、どんな日本語教育が必要か」というテーマで、教育プログラムそのものを考えてもらうのです。単に模擬授業を作るのではなく、より広い視野で社会貢献を考える力を養うことが目的です。そうすれば、日本語教育を通じて社会をより良くデザインできる人材になれると思うのです。
――「社会をデザインする」というのは印象的なフレーズですね。
星野先生:青井先生が考案して、熱心にシラバスを作成してくれました。本課程のWebサイトにも「日本語教育で地域社会を支える」というキャッチフレーズを掲げています。

――実際、卒業生の皆さんは、どのような道に進まれているのでしょうか。
青井先生:日本語業界ということであれば、日本語学校で働く人もいますし、国際交流基金の「日本語パートナーズ」に参加する人もいます。帰国後は大学等の国際関係の事務をする人もいますね。
地元企業や銀行に就職する卒業生も多いですが、職場で出会う外国の方々に対して、この課程で学んだ知見をもって接することができるという点で期待しています。この20年で岡山県内の在留外国人数は倍増していますから、そのような機会は間違いなく増えると思います。
例えば、食品関係、医療や介護関係、建設関係、旅行やホテル業界、どの職場にも外国からの人がいるはずです。彼らと壁を作らず、コミュニケーションをとって一緒にチームを作っていける人材が広がっていけばいいなと思っています。
星野先生:一度は別の仕事に就いた後に、日本語教師の道に戻ってきたケースもあります。複合サービス業に就職して保険の営業でも素晴らしい成績を上げていた卒業生がいたのですが、心のどこかで日本語教育への思いが燻っていたのか、「今の仕事を辞めて日本語パートナーズに応募したい」と私の元へ相談に来たんです。「まずは休職を相談してみたら?」とアドバイスしました。実際に彼女は日本語パートナーズとして海外で活動して、今は東京の日本語学校で教壇に立っています。
実は、青井先生も畑違いの仕事から日本語教師の道を選んだ一人なんですよね。
青井先生:はい。最初は税理士事務所で働いていました。ですが、卒業旅行で行ったマレーシアにはまり、インドネシアからの研修生と仲良くなって、「日本語を教えて」と言われて、日本語を教えることに興味が出たんです。そこから、会社を辞めて養成講座に通い、日本語教師になりました。そこからはずっと日本語教育に携わっています。
私世代の日本語教員は、立場の不安定さとか、将来への不安とかをあまり考えず、いわゆる「安定した職」をあっさり捨てて、この世界に入ってきた人が多い印象です。リスクもある生き方ですが、私自身、興味のあるほうに、より情熱を傾けられる方に進みましたし、それは悪くなかったなと思っています。一方で今の学生は将来のことをしっかり考えていてすごい。学生が自分の進路をイメージする際の、「こういうケースもあるんだ」という一例を示すことができればと思っています。
若手の日本語教師育成が急務
――女性のキャリアという観点からも、日本語教師は魅力的な仕事ですよね。
青井先生:出産や子育て、介護など家庭の事情で一度現場を離れても、資格があれば復職しやすいですからね。ライフステージに合わせて柔軟にキャリアを築ける、自分のペースで社会と関わり続けられるというのは、この仕事の大きな魅力だと思います。
――やりがいや魅力がある一方で、待遇面などの課題もあるようですね。
星野先生:おっしゃる通りです。国家資格になったことで、今後、待遇改善が進むことを願っています。国も、民間の努力に任せるだけではなく、本腰を入れて支援してほしいですね。
青井先生:本当にそう思います。今、日本語教師は50代以上が非常に多く、若手が不足しています。だからこそ、本課程で一人でも多くの若手を育てたいという思いはあります。お給料や安定性を考えると、卒業後すぐにこの道を選ぶのは難しいかもしれませんが、ここで学んだことは、どんな仕事に就いても、必ず人生のどこかで役に立つはずなので。
星野先生:今の学生たちは本当に真面目で、堅実な将来設計を考えます。それも素晴らしいことですが、一度は別の道を歩みながらも情熱に従ってキャリアチェンジした先輩のように、様々な選択肢を示すことも、私たちの役割だと思っています。どんな道に進んでも、ここで得た学びが心に残っていれば、いつかまた日本語教育の世界に興味を持ってくれるかもしれませんからね。そうであれば私たちも教えた甲斐があります。
青井先生:芸は身を助く、ですからね。少しでも興味のある方は、ノートルダム清心女子大学の登録日本語教員養成課程の門を叩いてみてください。待っています!


