兵庫県神河町地域おこし協力隊・江尚恩さん:外国人も暮らしやすい温かな町で国際交流の橋を架ける

台湾出身の江 尚恩コウ ショウオンさんは、神戸の大学院時代から縁のあった神河町で、現在「地域おこし協力隊」として活動しています。主な任務は、地域住民と町内在住の外国人とを繋ぐ「国際交流と多文化共生の推進」です。
江さんが日々取り組んでいる多彩な活動内容と、実際に住んで感じた神河町の魅力についてお話を伺いました。

(記事公開日:2026年1月16日)

目次

神戸の大学院を経て神河町へ

――江さんは台北のご出身ですが、元々日本で暮らすことに興味があったんですか。

小さい頃から毎年のように家族旅行で日本を訪れていて、すごく好きになりました。中学生になってから、将来は海外に住みたいと思い始めて、中学3年生の時に少しだけ日本語を勉強しました。
その後、台湾で大学に進学して、国際ボランティアのサークルに入りました。そこで日本から来ていた学生たちと交流している内に、もっと上手に交流をしたくなって、再び日本語を勉強し始めました。
大学を卒業後、兵役を終えてから、2020年の11月に来日して日本語学校に入りました。4か月間日本語を勉強して、神戸情報大学院大学に入学しました。

――大学院ではどのような研究をされていたんですか。

情報やマネジメントの勉強をしていたんですが、所属した研究室が神河町を研究フィールドにしていて、月に1度は神河町に通っていました。
私は台湾の観光客向けのアプリ開発をして、どうしたら台湾で神河町の知名度を上げられるかを考えていました。自転車も好きだったので、サイクルツーリズムについても検討していました。

地域おこし協力隊としての活動内容

――在学中から既に神河町と繋がっていたんですね。その流れで協力隊に就任したわけですか。

卒業の数カ月前に、先生から地域おこし協力隊の求人を紹介されました。「国際交流と多文化共生の推進」がミッションです。神河町には外国人が増えてきているので。

――やはり仕事が目的で来られる方が多いのでしょうか。

ほとんどそうですね。職場としては、工場と介護施設が半々くらいです。国籍の多い順でいうと、ベトナム、フィリピン、タイです。

――そういった状況における国際交流と多文化共生の推進の方法を、江さんがご自身で考えているんですか。

そうです。基本的に私が役場に提案して、皆さんの意見を聞きながら実施しています。もうすぐ協力隊の任期が終わりますので(※2026年3月末まで)、今までしてきた活動を紹介します。
私は協力隊の活動を行うにあたって、最初に「かみかわ国際交流コミュニティ」という団体を設立しました。こちらで国際交流や多文化共生に関するあらゆる活動を行っています。

この団体ではLINE、Facebook、Instagramの運用をしていて、投稿は、日本語・英語・中国語で行っています。SNSでは、災害時に役場から発信される情報を優しい日本語に変換して伝えたり、イベント情報を投稿したりしています。
外国人のための防災イベントも開催し、ハザードマップの使い方の指南、多言語の防災ガイドブックを用いた勉強会、アルファ化米の試食、避難体験としてダンボールベッドやテントの使用、水消火器の練習などを行いました。

町内の小中学校・高校における多文化共生・異文化理解の推進にも協力しています。小学校では、神戸情報大学院大学の留学生たちと一緒に田植えと稲刈りを行いました。中学校では、私の母国・台湾のことを紹介しました。また、英語の発音の練習を一緒にしました。高校では、生徒たちが町内の外国人にインタビューをして、母国のことや好きな物、日本のどんなところが好きかなどを聞いて、それらをまとめた成果物をつくりました。
こども食堂にも参加しています。台湾の紹介をして、私の大好きな‟ダンピン”という朝ごはんを一緒に作りました。
外国人に日本文化を知ってもらうために、着付けと茶道の体験会も行いました。

また、国際交流のおしゃべり会を中央公民館で毎月一度行っています。地元の方も外国人の方も、自由に来て仲間づくりをしましょうという会です。毎回参加してくれる小学生もいますし、ネットの投稿を見たり町内の人から誘われたりして、神河町外から参加者が来ることもあります。

外国人も生活しやすい、優しい町

――江さんは多岐に渡る活動をされているんですね。院生時代から神河町に関わってきた中で、町の良いところや特徴などは感じますか。

人が本当に優しいなと思います。町のどこに行っても皆さん挨拶してくれますし。「日本の企業は厳しい」とよく聞きますが、役場の皆さんはとても優しくて、何かあったらすぐ相談できます。
協力隊の仕事は、色々な方に協力していただかないと成り立たないんですが、神河町では都市部と違って「一緒にやりましょう」という感じの方が多くて、助けられています。

――世話好きな方が多いんですね。神河町で暮らしている他の外国人の方々も、町には馴染んでいる様子ですか。

そうですね、馴染んでいる人は結構多いと思います。例えば、元々は大阪などの大都市部で働いていたけれど、神河町の評判を聞いて引っ越して来た外国人もいます。「人は優しいし、給料も大都市とそんなに変わらないから、神河町の方が生活しやすいよ」と、同じ国の友人から聞くみたいですね。
私も協力隊の仕事で、町内の企業を訪問して外国人の生活状況などを伺うことが多いんですが、職場ではあまり上下関係がなくて、「みんな友達」という雰囲気ですね。

――江さん含め、外国人の方が働きやすい町なんですね。

そうなんです。それに加えて、自然も良いです。砥峰高原はススキが綺麗なので9月から11月は自転車で訪れる人が多いですし、峰山高原ではヒルクライムの大会があります。スキー場もありますよ
昨年の11月は、私の知り合いの台湾人カメラマンさんがツアーを組んで、26名のアマチュアカメラマンが神河町を訪れました。

――台湾に神河町の良さが伝わるといいですね。ところで、温かい台湾育ちの江さんは、寒さは大丈夫なんですか。

平地にもたまに雪が降りますが、私はむしろ寒い方がいいです。

任期後も繋がり続ける

――神河町がとても合っている江さんは、協力隊の任期後のことはもう決まっていますか。

現実として、外国人は仕事をしないと日本にいられないんですが、町内の仕事を探すのはなかなか難しくて。神戸で就職する事にしました。日本と台湾の交易に関わっている会社です。

――なるほど、転職しても台湾と日本を結ぶことは変わらないわけですね。

そうですね、元々台湾と日本の架け橋になりたかったので、いい仕事に就けたと思います。
神戸に移った後も、神河町での国際交流は続けたいと思っていて、月に1、2回はこちらに来てイベントを開催します。

――それは完全にボランティアとしてやるということですか。

はい。せっかくできた縁なので。町の方々にも続けてほしいという声をいただきました。

――「3年間でさようなら」とならない繋がりができたんですね。素敵なお話をありがとうございました。

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