認定制度の荒波と、問われる「教育哲学」の真価 日本語教育コンサルタント・今井新悟氏インタビュー


2024年に「日本語教育機関認定法」が施行され、国内の告示校は文部科学省による「認定」という新たなハードルに直面している。この制度改正は、業界にどのような影響をもたらすのか。長年、国際交流基金や大学、専門学校で教師養成に携わり、現在は認定申請のコンサルティングを行う今井新悟氏に、現場の過酷な実態と、2028年に向けた業界の予測を詳しく聞いた。

取材にご協力いただいた先生方

今井新悟(いまい・しんご)氏プロフィール

1990年より国際交流基金の専門家としてフィリピン、インド等で日本語教育に従事。帰国後、山口大学、筑波大学、早稲田大学等で日本語教育学を研究し日本語教師の養成に携わった後、独立し、25年に合同会社Logosを設立、日本語学校の認定申請コンサルティングや試験対策講座を行う。研究と現場の両面から日本語教育の質向上を支援している。

問い合わせ先:info@logos-office.jp

Xアカウント:@LogosLLC

目次

悲鳴を上げる教務主任と「500ページ」の重圧

――現在、多くの日本語学校が文部科学省の認定申請に向けて動いていますが、現場からはどのような相談が寄せられていますか?

今井先生:一言で言えば、現場の教務主任の先生方が多大な負担を強いられています。認定を受けるためには、ありとあらゆることを網羅した膨大な申請書類を作成しなければなりません。その分量は500ページにも及びます。
経営サイドから「1年で認定を通してくれ」と命じられるものの、教務主任は日々の授業や学生対応も抱えています。大手の学校であれば、授業を減らして認定申請に専念できるチームを組むことができますが、小規模校では教務主任がたった一人で、授業もこなしながらこの膨大な書類と格闘しています。物理的にも時間的にも、限界を超えています。
実際、この重圧で精神的に病んでしまう先生も少なくありません。現在、認定申請の通過率は約2割から3割で、7割から8割が落ちるという厳しい現実があります。認定不可(制度上は取り下げ)になれば経営サイドから「あなたの能力不足だ」と責められ、解雇や辞職に追い込まれるケースも出始めています。しかし、実務経験3年から5年程度の教務主任に、これほど高度な専門性と実務量を求めること自体、制度上の歪みを感じざるを得ません。
本来、この申請は学校全体の存続がかかった一大事業です。教務主任一人に丸投げするのではなく、経営者が、コストをかけてでも、教務主任が新規業務に専念できる時間を与え、さらに他のサポート要員を付けるという判断を下せるかどうかが、最初の分かれ道になります。

「教科書を変えれば通る」という表層的な噂の危うさ

――認定を通すために、具体的にどのような準備をすべきか戸惑っている学校もまだ多いようです。

今井先生:私が危惧しているのは、多くの学校が、認定校になることの本質を理解しないまま表層的な噂に右往左往している状況についてです。例えば、私が以前セミナーを行った際、参加者のほとんどが「『みんなの日本語』を使っていると文科省の審査に落ちる」と信じ込んでいました。
文科省は特定の教科書を否定しているわけではありません。重要なのは、その学校が掲げる理念に基づき、どのように『日本語教育の参照枠』の考え方をカリキュラムに落とし込んでいるかということです。「『できる日本語』なら通る」といった言説も飛び交っていますが、教科書を替えれば解決するという問題ではないのです。
なぜその教科書を使い、どのように評価を行い、どのような学生を育てたいのか。そこには一貫した論理が必要です。多くの学校は、この「なぜ」を説明するための勉強が圧倒的に足りていません。無料のセミナーを渡り歩いても、それを自校に落とし込む力はつきません。結局、教務主任だけでなく、経営者や校長も含めて、参照枠の理念を自分たちのものにするまで読み込み、議論し続けるしかないのです。
私のコンサルティングでは、最初の3ヶ月は一切申請書を見ません。代わりに、経営層も巻き込んで徹底的に勉強会を行い、問題を出し、学校の理念を深掘りします。そこでの理解が深まって初めて、申請書の言葉に「魂」が宿り、面接審査での厳しい質問にも耐えうるものになるのです。

消えゆく500校、弾ける「登録日本語教員バブル」

――この認定制度によって、数年後の日本語教育業界はどう変化していくのでしょうか。

今井先生:非常に厳しい予測ですが、現在ある約850の告示校のうち、3分の2は存続の危機に直面し、M&Aによって吸収されるでしょう。2028年の経過措置終了までに生き残るのは、せいぜい200~300校と見ています。
これまで法務省管轄下では、教育の質そのものが厳しく問われることはありませんでした。しかし文科省管轄へと移行した今、教育の実態が伴わない学校、つまり「学生を寝かせたまま卒業させる」ような学校は、制度的に排除されていきます。これは教育の質を底上げするという意味では、健全な浄化作用と言えるかもしれません。
また、現在起きている「日本語教員不足」によるバブルも、あと2年半で弾けるでしょう。今はどの学校も認定のために有資格者を必死に集めていますが、学校の数が3分の1に減れば、教員のポストも劇的に減ります。その時、選ばれるのは本物の専門性を持った教員だけです。行き場を失った教員たちは、再び以前のような低賃金の世界に逆戻りする可能性さえあります。
教員の皆さんに伝えたいのは、「動くなら今」ということです。認定を勝ち取れる見込みのある、教育に真摯な学校を見極め、今のうちに自らのキャリアを確保しておく必要があります。学校選びの際は、授業見学だけでなく「職員室」を見せてもらってください。教員たちが疲弊し、学生の悪口や文句を言い合っているような職場は避けるべきです。逆に、職員室の雰囲気が明るく、教育について活発に議論が交わされている学校は、認定を乗り越える底力を持っています。

経営と教育のコンセンサス

――小規模校や株式会社立の学校にとって、認定は特に高い壁に見えます。

今井先生:株式会社である以上、コストを抑えて利益を最大化するのは当然の論理です。一方、認定制度が求めるのは「コストをかけてでも質を担保する」という教育の理想論です。ここで経営者と教務主任が真っ向から対立してしまいます。
経営者が「認定さえ取れればいい、中身はどうでもいい」と考えているような学校は、仮に申請を通せたとしても、3年後の報告および審査で成果が伴っていなければ、改善命令も出されるでしょうし、さらには認定取り消しということも考えられます。文科省は、申請書に書かれたことが実際に現場で行われているかを厳しくチェックします。
コンサルタントとして多くの経営者とお会いしますが、私が依頼をお断りする場合もあります。それは、教育を単なる「金儲けの道具」としか見ていないケースです。逆に、規模が小さくても、経営者が教育者としての矜持を持ち、教務主任をパートナーとして尊重している学校は、支援のしがいがあります。
経営判断として重要なのは、一時的な人件費の増大を「投資」と捉えられるかどうかです。教務主任が勉強し、成長し、それに見合った報酬を得る。そのサイクルが成り立っている学校が、結果として認定という難関を突破できるのです。私が知る、ある優秀な教務主任の方は、経営者の理解のもと徹底的に勉強し、国立大学の准教授以上の給与を得ています。そのような教師へのリスペクトがある学校に、優秀な人材と学生が集まるのは必然です。

「参照枠」を超え、世界基準の教育哲学を持つということ

――最後に、これからの日本語教育業界に携わる方々へのメッセージをお願いします。

今井先生:『日本語教育の参照枠』を理解し、認定を受けることは、あくまでスタートラインに過ぎません。実は、今の参照枠は2001年の古いCEFRに基づいています。しかし、世界はすでに2020年の『CV(Companion Volume)』という枠組みに移行し、よりダイナミックな教育へと進化しています。日本は、世界から20年以上遅れた枠組みをようやく「基準」にしようとしているのが現状です。
私が目指しているのは、認定のために「参照枠に合わせる」教育ではなく、それすらもあくまで「参照」として使いこなし、超えていく教育です。これからの日本語学校に必要なのは、国が定めた基準に従うだけではなく、独自の「教育哲学」を持つことです。
「私たちの学校は、どのような社会貢献を目指し、どのような人間を育てるのか」――この問いに対する明確な答え、つまり哲学がなければ、制度が変わるたびに右往左往し、いずれは吞み込まれていきます。正解はありません。しかし、信念を持って教育に向き合う学校であれば、認定制度はむしろ自校の質を証明する絶好の機会になるはずです。
日本語教育は、日本の未来を支える重要なインフラです。認定という荒波を、単なる試練としてではなく、真の教育機関へと脱皮するための「覚悟」を問われる場として捉えてほしいと思います。本物の教育を志す学校と先生方を、私はこれからも全力で支援していきたいと考えています。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!
目次