地方の過疎化と高齢化が急速に進む中、日本経済において外国人労働者の存在はもはや欠かせないものとなっています。高知県須崎市もその例外ではありません。美しい海と山に恵まれた自然豊かなこのまちでも、現在多くの外国人が一次産業や製造業の現場で汗を流しています。
そんな須崎市で、ユニークな取り組みとして注目を集めているのが、市が直営する地域日本語教室「にほんご すさきがすきサロン」です。小規模の自治体が地域日本語教室の運営に苦労している中、須崎市は日本語教師を市の会計年度任用職員として直接雇用し、質の高い外国人支援を目指しています。
今回は、その専任職員として日々外国人支援に奔走する土橋洋平さんにお話を伺いました。地方経済のシビアな現状、外国人労働者や受け入れ企業の本音、そして「大きくは稼げないけれども、何とも言えない魅力が…」と笑う日本語教師という仕事の魅力まで、現場の最前線に立つからこそ見える景色をお話しいただきました。
働き手不足に直面している地方経済

――土橋さんは須崎市のご出身なのですか?
土橋さん:いえ、僕は須崎とは元々全然縁もゆかりもないんです。妻と一緒に移住してきたようなものですね。
――移住者なんですね。高知県といえば、おおらかな人柄と温暖な気候が魅力だと思いますが、四国山脈に隔てられ、地理的には大都市圏からとても離れています。そんな須崎市でも、やはり外国の方は増えているのでしょうか。
土橋さん:高知の人はおおらかですよ。あんまり深刻に考えずに、「まあ飲みやー」みたいな感じで(笑)。細かいことは気にしないで「大体でええやんか」という雰囲気がありますね。でも、現実としては、都会もそうだとは思いますが、今の地方は本当に外国人の働き手なしには経済が成立しない状況になっています。若い現役世代がどんどん県外へ出て行ってしまいますし、そもそも地元で子どもがあまり生まれていません。働き手の確保が厳しい状況です。
――具体的に、どのような職場で外国の方々が働いているのでしょうか。
土橋さん:国籍で言うと、須崎市の場合はフィリピンが第1位です。あとはベトナム、インドネシア、カンボジアなどですね。 仕事はやはり農業や漁業といった一次産業が中心です。あとは水産加工業などを含む製造業ですね。他には、介護の仕事の方もいらっしゃいます。
――日本人の働き手がいないところに、外国の方が入って支えてくれているわけですね。
土橋さん:そうです。企業がハローワークにいくら求人を出しても、「いい人が来ない」という以前に、そもそも手を挙げてくれる日本人自体がいないんです。ですから、技能実習・特定技能の方がいらっしゃらないと、事業を縮小するか廃業するしかない。そういった厳しい状況なのだと思います。須崎市に限らず、地方はどこも同じような状況でしょうね。

外国人財に選ばれるまちに。須崎市が専門の日本語教師を直接雇用する理由
――そうして働きに来た外国の方々への支援として、須崎市は直営で地域日本語教室「にほんご すさきがすきサロン」(以下、サロン)を運営されています。自治体が直営し、しかも専門職を雇用するのは全国的にも珍しい取り組みだと思います。
土橋さん:須崎市の場合、コロナ禍の前にボランティアの方が立ち上げたサロンがあったのですが、コロナの影響で利用者が減り、一度活動を休止してしまったという経緯があります。 一方で市としては、「外国人労働者の方にある程度地域に定着してもらわないと困る」という危機感がありました。せっかく働きに来てくれたのに、すぐサヨナラされてしまっては地方経済が保ちません。そこで、地域日本語教室を市として再度設けて、日本語教育の面からもしっかりと外国人の受け入れを行い、なるべく須崎市に定着してもらおうというのが市の考えでした。
――そのために、土橋さんのようなプロの日本語教師を雇用されたのですね。
土橋さん:高知県内では市町村の直営自体はそこまで珍しくないのですが、須崎市が決定的に違うのは、「そのために専門の会計年度任用職員を雇った」という点です。 他の自治体さんを見ていると、日本語教育のことを何も知らない一般の行政職員さんが、見よう見まねで何とか教室を運営しているようなケースが多いんです。高知県の総括コーディネーターの支援があるとはいえ、僕はそれを見て、担当職員さんが本当に大変だろうなと思っていました。須崎市は、質の高い日本語教室を開くためにわざわざ専門家を一人雇い入れた。そこは須崎市が頑張っているポイントなのかなと思います。
――普段のサロンはどのような形式で運営されているのですか?
土橋さん:ボランティアさんにはボランティアさんの良さがあるので、そこも上手く活かしつつ運営しています。実際に始めてみると、本当に日本語がゼロに近い方はあまり利用せず、割と日本語が通じるレベルの方の参加が多かったんです。それで、僕が前に立って黒板で教えるというよりも、その日来てくれたボランティアさんと外国人の方を1対1でマッチングして、学習の伴走をしてもらうスタイルを取っています。僕が最初に「今日はどんなことを勉強したいですか?」とヒアリングして、持ち込みの教材があればそれをやってもらい、無ければレベルや分野に合わせてプリントなどを渡し、「じゃあ今日はこれをお願いします」とボランティアさんに託す。サロンの前半はそうした個別学習の形がメインですね。後半はみんなで同じテーマでコミュニケーションをします。ゴミ出しや交通安全など、生活のルールに関する話や、怪談や昔話、カードゲームなどを使ったレクリエーションなどで、参加者が日本語で交流する時間としています。

「日本語ができなくても仕事は回る」という本音
――リピート率や参加状況はいかがですか。課題などはありますか。
土橋さん:サロンを再開したばかりの頃はすごく賑わっていて、毎週10人以上がコンスタントに来ていました。須崎市に労働目的で住んでいる外国人がおよそ300人ほどなので、そのうちの10人ですね。しかし、去年の秋頃からだんだんと参加者が落ちてきてしまって…。今は毎週2,3人のレベルで、5人来ればいい方という状態です。 最初は「久々に始まったぞ」という物珍しさや期待感があったのだと思います。
毎週水曜日の夜、つまり一日の仕事が終わって疲れている後に通い続けるというのは、本人の意欲が相当高くないと難しいんです。事業者さんの継続的な後押しがない場合、参加するモチベーションをどう持続してもらうか、これが一番の課題です。
――事業者側は、技能実習生・特定技能の方にどの程度日本語を習得してほしいと考えているのでしょうか。
土橋さん:それは本当に事業者さんによって本音がまちまちでして。一番後ろ向きな事業者の本音は「日本語なんてできなくていい。日本語を身につけて、条件の良い他の会社に逃げられたら困る」というものでしょう。でも一番多いのは、「正直、特に考えていない」という層ですね。単純作業が主な仕事になっている場合、仕事さえできれば、彼らが日本語サロンに行っても行かなくても、どちらでもいいようです。別に「行くな」とは言わないけれど、積極的に後押しするわけでもありません。
――業務上、そこまで高度な日本語は必要ないということですか。
土橋さん:単純作業の場合は、そうです。基本的な作業はもうほぼ決まっていますから。僕も農家の収穫のアルバイトに行ったことがありますが、最初だけ少し教えてもらえば、あとは「習うより慣れろ」の世界です。また、従業員が3人いたとして、そのうちの1人が日本語が分かって通訳してくれれば、あとの2人は分からなくても仕事は回ってしまう。つまり、そこまで日本語教育の必要性に迫られていない事業者が多いのが現実なんです。
――外国人の方たち自身も、日本語が話せなくても平気なのでしょうか。
土橋さん:最近は特にその傾向が強いですね。今はスマホさえあれば、母国の言葉で情報が手に入るし、暇つぶしもできてしまいます。それがスマホ登場以前と決定的に違うところです。それに、彼らの多くは「日本語を勉強して日本で一旗揚げるぞ」と思って来ているわけではありません。「家族のために家を建てたい」「下のきょうだいを進学させたい」という目的で働きに来ていて、仕送りができればそれでいいと考えている。だから、しんどい思いをしてまで日本語を学びたいとは思っていない人の方が、ずっと多いんでしょう。

地方が外国人財から選ばれるために
――通常の学習や交流だけでなく、イベントなども開催されているそうですね。
土橋さん:はい。大々的なイベントではなく、普段の勉強とは違う体験をイベントと呼んでいます。例えば、地元のよさこいチームの方に協力してもらって踊りを習ったり、警察署とタイアップして「自転車の交通安全教室」をやったりですね。
――自転車のルールは国によって全然違いますから、重要ですね。
土橋さん:そうなんです。歩道を走っていいのかだめなのか、道路標識の意味なども、しっかり理解していないと危ないですからね。事業者さんからも「反則金などのルールをしっかり教えてやってほしい」という要望がありました。ちなみに、一緒に参加した日本人のボランティアさんたちも「へえ、そうだったんだ!」とよく分かっていなかったりして(笑)。
イベントの時は普段のサロンには来ない人も含めて20人くらい集まってくれるんですけど、通常の開催日になるとまた減ってしまう。その繰り返しですね。
――事業者も実習生も、互いに日本語の必要性に駆られていない。そんな現状の中で、土橋さんはどのような課題や危機感を感じていらっしゃいますか。
土橋さん:日本の経済的な魅力、いわゆる「稼げる国」としての力はどんどん落ちてきています。外国人労働者にとっても、出稼ぎの選択肢はもはや日本だけではありません。そうなると、賃金面では地方はどう逆立ちしても都会や他国と勝負できなくなる未来がすぐそこまで来ています。 では何で勝負するのか。それは「外国人を地域社会の一員として迎え入れて、緒に楽しく生きていく」という姿勢だと思うんです。そうした「住みやすさ」や「人との繋がり」をアピールポイントにしないと、これからの時代、地方は外国人から選ばれなくなってしまいます。
――外国人労働者の受け入れでも、地方間でパイの奪い合いが起きるのですね。
土橋さん:まさにその通りです。ただ、今の事業者さんたちは切羽詰まっていないので、自然に意識が変わるのを待っていたら、ある日突然「あれ?誰も働きに来てくれなくなったぞ」と手遅れになってしまう可能性があります。 本来なら企業側がコストを負担して日本語教育をやるべきですが、それに任せていては進みません。だからこそ、しばらくは税金を使ってでも行政が主導して、雰囲気作りをすることが重要だと思います。「行政が場所も人も用意するから、事業者さんはそこに乗っかるだけでいいですよ」と言って、引っ張っていく。そして、サロンの活動を通して地域の人との繋がりを作っていく。外国人財の定着率を1割、2割でも上げるためには、彼らと地域との繋がりを密にすることが有効だと言われていますが、そのためにはある程度外国人の日本語コミュニケーション能力を上げる必要があります。そのために日本語教育の手を止めてはいけないと思っています。
――土橋さんのような専門職の存在は非常に重要ですね。ちなみに、雇用に期限はあるのですか?
土橋さん:会計年度任用職員で、次年度が全く約束されていないので、非常に不安定です。今の市長が「もっと力を入れてやろう」と後押ししてくれているので簡単には切られないと思いますが、契約自体は1年更新ですからね。いろんな事情で突然打ち切られることは当然あり得ると覚悟しながら、なんとか結果を残したいと思って日々仕事をしています。

日本語教師歴28年。「周りに心配される仕事」から「生き方を選べる仕事」への変化
――土橋さんご自身のキャリアについても伺います。日本語教師になられたのはいつ頃ですか?
土橋さん:大学を卒業してすぐの、1998年です。もう28年になりますね。嫌になっちゃいます(笑)。
――当時は今とでは、かなり状況が違うのではないですか?
土橋さん:そうですね。大学4年生の時、大して親しくもない先輩から突然呼び止められて「土橋くん、本当に日本語教師になるの?家族を食わせていけないよ!」と真顔で心配されました。当時はそれくらい先行きの見えない、稼げない仕事だと思われていたんです。求人の探し方すら誰にも分からない時代で、僕はたまたま学内の掲示板に貼ってあった求人を見て応募しただけでした。
――当時は待遇面も過酷だったと聞きます。
土橋さん:ひどかったですねえ。「学校」とは言えない日本語学校もありました。今は情報が飛び交う時代で、そういう学校が少なくなったと思いますが、当時は無茶苦茶な経営をしている学校の話も耳にしました。僕はそういう学校に当たらずに済みましたが。今は国が「登録日本語教員」として国家資格化を進めるなど、待遇は20世紀の頃に比べれば随分マシになりました。何より仕事の種類が格段に増えましたね。昔は自治体関係の仕事が日本語教師で実現できるとは誰も思っていませんでしたし、小中学校の日本語支援員としてフルタイムで雇われるケースも珍しくなくなりました。情報をしっかりキャッチする力さえあれば、日本語教師という仕事だけで食べていくことは十分可能になりました。
――不遇の時代からずっと続けてこられた理由は、やはり仕事に魅力があるからですか?
土橋さん:一言で言えば、面白いからです。毎日、外国人の方から必ず一つは笑わせてもらえるし、驚きや発見がある。日本語が全く分からない状態の人が、目に見えて上手くなっていく過程を見るのも嬉しいですしね。学生に例文を作ってもらうと、日本人では絶対に思いつかないような斜め上の例文が飛び出してきたりして、飽きないんですよ。お金には代えられない面白さがあります。
もちろん、待遇面でモヤモヤしたり、仕事上で嫌なことや納得できないことがあったりするわけですが、そこを仕事の面白さが上回るかどうか、これが日本語教師を続けられるかどうかの分かれ道になります。新卒の方は3年くらいで辞めてしまうことが多いんですが、別の業界を脱サラして、日本語教師になった人の方が長く続くのは、そういう理由なのかなと思います。
――自ら面白さを見出すことが大事なんですね。では最後に、日本語教師に就くことを検討している方へのメッセージをお願いします。
土橋さん:昔は日本語教師といえば、都会で暮らすか海外に行くかの二択でした。でも今は、地方の田舎や離島にだって仕事があります。日本語教師ジョブのサイトを見ても、本当に様々な職種が細かく分けられていて、どこもそれなりに求人がありますよね。自分の理想とするライフプランや生活拠点に合わせて、仕事をコーディネートできる素晴らしい時代になりました。もちろん、儲かっている大企業と比べればお給料は「これくらいか」と思うかもしれませんが、それ以上にこの仕事は本当に面白いんです。「生活ができて、かつ仕事が面白ければいい」と思える方には、ぜひ色々な分野の日本語教育にチャレンジしてほしいですね。


