和歌山大学 “外国につながる子どもへの教育支援共創プロジェクト”:行政との連携に苦心しながらも進み続けた5年間の記録

 和歌山大学では、2020年4月に紀伊半島が抱える課題の解決と地域の事業発展に寄与することを目的として「紀伊半島価値共創基幹」が設置されました。地域課題解決に向け、自治体・企業・市民団体等との共創を通じた教育研究の展開を行うこの基幹では、活動の一つとして2020年から2024年までの5年間(2020年7月から2025年3月)、「外国につながる子どもへの教育支援共創プロジェクト」を実施していました。同大学の留学生や日本人学生らが、県内の外国ルーツの子どもたちへのさまざまな支援をはじめとして、地域における多文化共生を目指した活動です。
 今回は、本プロジェクトにおけるプロジェクトマネージャーとして活動の指揮をとっておられた長友文子名誉教授に、プロジェクトが始まった経緯や成果、今後の課題についてお話を伺いました。

取材にご協力いただいた先生

和歌山大学 長友文子 名誉教授

1994年和歌山大学に着任。同大学国際教育研究センター教授、研究グローバル化推進機構国際連携部門教授を経て、2022年より日本学教育研究センター長・教授。2025年3月で同大学を退職後、同大学名誉教授。

多文化共生社会を実現すべく、現在も奮闘されている。

目次

県内の外国人が増加。支援の必要性が浮き彫りに

――2024年度まで行われた「外国につながる子どもへの教育支援共創プロジェクト」についてお話を伺っていきます。はじめに、このプロジェクトが始まった背景について教えていただけますか。

 日本では、1990年ごろから、経済発展と少子化を背景に、外国から働きに来る人たちが急増していきます。それに伴い、親と一緒に本国からきた子どもや日本で生まれた子どもたちも多くなり、日本語が不自由な外国につながる子どもの教育に対する問題意識が高まっていきます。私が30年前に東京から和歌山大学へ赴任して来たころは、まだ県内では外国人の数は多くありませんでしたが、和歌山でも、次第に在住外国人が増え、子どもの教育問題に関心のある先生方も現れてきました。
 私も日々の仕事に追われながらも、和歌山県国際交流協会などの諸機関と協議しながら、外国につながる子どもたちへの支援について考え、2017年と2018年には和歌山大学でシンポジウムを開催し、教育実践を進めておられる先生方や国際交流協会の方々と、現状や課題を議論しました。
 そして、和歌山県国際交流会の方々と県や市の教育委員会などを訪問し、外国につながる子どもの教育支援の必要性を訴えました。でも、そういう子どもたちは多くないこともあって、特別な支援策を行政で正式に予算をつけて事業化するといったことは、急にはできません。
 それでも、少数とはいっても、外国につながる子どもは、現に、小中学校に転校したり入学したりしてきます。そうなると、日本語ができない子ども本人はもちろん、受け入れた学校の先生も、預けた保護者も困ります。
 そういった現実に迫られて、その後、市の教育委員会から、何回か電話の相談をうけるようになりました。例えば、「小学校に、日本語がほとんどできない子どもが来たのだけれど、母語で対話のできる留学生に、学校に来てもらって、子どもの支援をしてもらえないだろうか」という相談です。

 ただ、話は、そう簡単ではありません。困っている子どもと同じ国の留学生がいたとしても、彼らは皆アルバイトをしながら大学に通っている状況で、割ける時間には限りがあります。また、派遣するには、どのような支援をするのかといった事前指導をしなければなりません。また、正規の事業ではないので、教委の方でも交通費や謝礼を出してもらえません。
 結局、私が個人的に留学生たちに事情を話し、ボランティアでも学校に行って支援をしてもいいと言ってくれる学生を派遣したのですが、ボランティアだけでは長期的な支援は難しくなります。
 逆に、自分の母国から日本に来て困っている子どもがいるなら支援したいという留学生がいても、母語支援や日本語支援を必要としている子どもが、どの学校にいるのかということもわかりません。そこで、留学生による長期的な支援を、市の正式事業としてもらえるよう、教委と協議を重ねました。
 転機となったのは、2019年の日本語教育推進法の施行です。在留外国人のための日本語教育支援の推進が法制化され、外国につながる子どもについても、行政が責任をもって支援策を整備推進してゆくことが国の方針となり、事態が大きく動きました。
 2019年の年度初めに、市教委から留学生派遣が事業化され、予算もついたという連絡がありました。そこで、今までのような、私個人がボランティア学生に依頼するといったやり方ではなく、大学として取り組んでいこうと、2020年7月に和歌山大学紀伊半島価値共創基幹(Kii-Plus)に「外国につながる子どもへの支援」プロジェクトを立ち上げたのです。市の方でも予算を組んでくれたので、留学生が子どもたちの支援に行く際にはきちんと謝礼を渡せるようになりました。

母語支援の重要性

――長友先生の個人的な支援活動を経て、大学を巻き込んだプロジェクトとなったのですね。プロジェクト開始後の支援の様子はどのようなものだったのですか。

 まずはどの学校に外国につながる子どもがいるのか市教委に調べてもらい、留学生を派遣することにしました。
 外国につながる子どもたちが学校で困るのは、何より日本語です。日本語ができないと、教科書を読んで、先生の話を聞いて、友達と遊ぶ、という学校生活が全部できません。ただ、日本語教育推進法以後は、文科省も日本語指導の必要性を重視し、市教委でも、巡回の支援教員を配置することになりました。しかし、推進法でも、日本語支援と共に、母語支援の必要性を指摘しています。私たちのプロジェクトでは、留学生の多様な国籍を生かして、母語による支援を中心にしました。
 留学生を派遣する前には、必ず事前指導を行います。事前指導は、母語支援や日本語支援が必要な子どもがなぜいるのかといった社会背景やどのような支援活動をするのかといった内容です。また、毎回報告書を書いてもらい、事後指導を行います。派遣する前には、市教委の担当の方と私たちが学校に行き、校長先生と担任の先生とで打ち合わせをしました。ただ、当時はコロナ禍でしたので、直接学生を行かせることができませんでした。そこで、オンラインで学校と大学をつなぎ、外国から来た子どもと母語を同じくする留学生に、日頃その子が困っていることを聴いたりいろいろと話をしてもらい、その内容を学校側に伝えるという流れを取りました。

 こうした交流による母語支援にはさまざまな意義があると考えています。日本で生まれた子や、中高生の場合は別ですが、小学校に転校してきた子どもたちは、情緒的にも精神的にもすべてにおいて発達途上の状態で日本に来ていますから、母語でも思うように話せない場合も多いです。日本語で言いたいことを言うのは難しいでしょう。日本に暮らしている以上、日本語だけを学んでほしいという保護者や教師の気持ちも分かりますが、子どもにとってはストレスのある環境です。そんなとき、同じ言語を話す年齢の近いお兄さんやお姉さんと話をすれば、気持ちも和らいでいきます。実際に支援をする中で「母語で話すとこんな表情を見せるんですね」と先生方が驚かれることもありましたし、また、先生方から子どもは留学生に会うのを楽しみにしているとも聞いていました。

 支援の効果はストレスの軽減という短期的なものにとどまりません。将来、母語で支援を受けた経験がその子のアイデンティティを守るうえで大きな役割を果たすと考えています。子どもたちは成長過程でこれまでと異なる言語環境に置かれることで、深刻なアイデンティティ危機に陥る可能性があります。さらに、母語がしっかり身に付いていないと、二言語が話せても両言語とも習得レベルが低くなってしまう「ダブルリミテッド」になってしまうリスクがあります。加えて、日本語しか話せなくなってしまうと、母語を話す家族や本国の親戚とコミュニケーションを取れなくなる可能性もあります。また、将来、帰国して本国の学校に戻る場合もあるでしょう。こうしたリスクを回避するためには、母語での支援が欠かせないと思います。
 また、お兄さんやお姉さんのような年齢の留学生と話したり勉強したりした経験を持つことで、将来同じような境遇の子どもたちに手を差し伸べられる存在になっていくでしょう。日本語支援が、母語教育、母語支援とセットで行われることによって、外国につながる子どもたちが、生まれ育った言語環境を離れて、外国である日本に来たことをデメリットとするのではなく、むしろ多文化を生きる体験をメリットして、多文化共生社会の担い手となって、その経験を将来に生かしてゆくことができるでしょう。母語を大切にすることはその子の大きな財産になります。この点を学校の先生や保護者の方にも理解してほしいですね。

学生にとっての支援活動の意義

――母語支援は単にその子とコミュニケーションを取るという目的だけでなく、さまざまな理由があって行われるべきなのですね。支援を行う学生さんたちにとっても学びがありそうです。

 そうですね。学生たちも、どうしてこういう外国につながる子どもがいるのか、その社会的背景を学ぶことができます。先ほどお話ししましたように、留学生には事前教育を実施します。留学生は自分と同じ国から来た子どもが困っていると、役に立ちたいと思うでしょうし、実際に役に立てたら嬉しいですよね。留学生が困っている人たちの支援をして、その人たちがよりよい生活をしてゆく上で役に立つということは、支援する側の留学生にとっても成長につながっていると思います。

 プロジェクトは、2つの柱からなっています。一つは留学生による母語・日本語支援です。もう一つは、日本人学生と留学生が一緒に活動する機会です。これは、日本人学生と留学生が共に学ぶことにつなげるためです。これから外国の方は増えていきます。このプロジェクトは「外国につながる子どもの母語支援・日本語支援を通して、多文化共生社会をめざす」ことを目的としています。学生ももちろんですが、私たち日本人は多文化共生への理解を深めていかなければなりません。

 これまで支援に関わった学生たちは、自分が支援した子供がその後も元気で勉強しているだろうかと今でも連絡をしてきます。また、外国ルーツの子どもに関する卒論を書きたいという元留学生もいますし、国内で大学院に進み、外国ルーツの子どもの研究をしている元留学生もいます。留学生たちがこの問題の重要性を真摯に受け止め、支援の輪を国内外に広げているのはうれしいことです。
 ただ、近年、参加してくれる留学生の事情も変化しています。1990年代までの留学生は、殆どが長期に在籍して卒業する正規留学生でした。ところが、2000年代になって大学の国際化が一層進むと、海外の協定大学が増え、交換留学生など、半年や1年という短期の留学生がどんどん来るようになりました。和歌山大学でも事情は同じです。しかし、留学生による子どもの支援活動は、学校教育の仕組み上、年度の区切りで動いていきます。調査などしているとあっという間に半年経ってしまい、短期留学生は帰国してしまいます。ですので、最低でも1年間は在籍する留学生でないとこの支援活動は難しい状況です。また、支援対象である子どもたちの多国籍化が進み、本学の留学生だけでは対応できなくなってきていることも課題です。2024年には県内に在住する外国人が1万人を超えています。見えないところで困っている子どもたちがたくさんいるのではと思っています。

支援活動を地域へと広げる

――プロジェクトでは他の活動も行っておられたそうですが、具体的にはどういった活動だったのですか。

 例えば2020年から2021年にかけて、留学生と日本人学生が協力して「やさしい日本語 防災ハンドブック」の作成を行いました。きっかけは、今、災害が身近な問題となっていますが、防災についての資料には、難しい言葉も多く、留学生たちには読んでもわからなかったのです。そこで、誰が見てもわかるように「やさしい日本語」を使った防災ハンドブックを作ることにしました。日本人学生と留学生が様々な防災のパンフレットを参考にし、共に話し合いを重ね、アイデアを出し合って作りました。例えば、留学生から「カタカナが苦手」という意見をもらって、カタカナにもルビをふりました。日本人からしてみれば「どうしてカタカナにルビが必要なの?」と思いますが、実際に意見を交わしたからこそ生まれたアイデアでした。こうした意見交流は日本人学生にとっても大きな気づきを得る機会になったと思います。出来上がったハンドブックは、留学生はもちろん地域の小学校や、更に広く、技能実習生の受け入れ先にお渡ししました。これには各所から反響があり、かなり役に立ったのではないかなと感じています。

「やさしい日本語 防災ハンドブック」制作風景

 また、日本に来たばかりの子どもたちやその保護者のために、日本の学校を紹介する動画や冊子を制作しました。例えば、学校では上履きに履き替えるとか、外国から来た方は、なかなか日本の学校の習慣や規則がわからないですよね。本当はそういう方たちのために数か月間でも、日本の習慣や日本語を学べるような場所があればいいのですが、まだ実現できていないので、せめて動画と冊子で伝えられないかと考えました。こちらの活動でも日本人学生と留学生が一緒になって、多言語に対応した「日本の小学校の一日」を紹介する動画コンテンツを作成しました。朝早くから学生たちと一緒に学校に行って、先生たちにも協力してもらい、子どもたちが登校してくるところから密着取材しました。これらは、これから日本で生活する子どもたちや保護者の方の役に立ちますが、例えば教員を目指す学生らにとっても「こんな子どもがいて、こういうところで困るんだな」ということを少しでもわかってもらえるきっかけになるのではないかなと思います。
 3年目の2022年には「〜地域の力を活かそう〜 外国につながる子どもへの支援」と題したシンポジウムを会場とリモートのハイブリッドで開催しました。県内はもちろん、他府県からもたくさんの方に参加いただいたので、取り組みについて知っていただいたり、外国につながる子どもたちが身近にいることを実感していただいたりする機会になったと思っています。また、翌年に近隣のかつらぎ町で開催された「みんなでぐるっとハロウィンマルシェ」に参加し、「和歌山大学留学生ブース」を出展しました。留学生たちは自分の国を紹介するため紙芝居をしたり、母国の色紙や折り紙の体験会をしたりして、地域の方との交流を図ることができました。

 こうした取り組みの数々は各所から注目を浴びたのですが、実は他府県からの問い合わせが多かったです。本当はもう少し県内で外国につながる子どもたちに対する支援の重要性を理解していただけたら良かったのですが…。
 ただ、学生たちは本当に期待以上のことをしてくれましたし、多くのことを学んでくれたと思います。もっといろいろな取り組みをやっていきたかったね、と一緒にプロジェクトを立ち上げた元スタッフとよく話しています。

プロジェクトの終了、そしてこれからの支援に向けて

――現在はプロジェクトが終了してしまったとのことですが、長友先生は引き続き外国につながる子どもたちの支援を行っていらっしゃるのですか。

 はい。私の退職後、大学の体制の変化により、プロジェクトはいったん終了となりました。ただ私個人としては2025年4月から県の人権教育推進課に依頼されて、県内の地域日本語推進事業の総括コーディネーターを勤めています。人権課では識字教育を含めた学び直しのための教室を展開しているのですが、そこで外国人の方も学べるようになっていますので、そうした教室を充実させていければと思っています。
 しかし、外国人の方々への支援、特に外国ルーツの子どもへの支援はまだまだ足りないのが現状です。やっと大学にプロジェクトができ、市や県と連携ができつつあったところでしたし、また、プロジェクトもこれまでは試行錯誤で走ってきた感がありますので、これから、というときになくなってしまったことは、残念です。もちろん、和歌山にも子どもの支援団体などはありますし、国際化や多文化共生といった言葉は頻繁に耳にしますし、目にするのですが、具体的な支援にたどり着いていないような印象を受けます。でも、困っている人が目の前にいるのですから、行政と一緒に取り組まなければならないと思います。増加する外国の方が安心して生活し仕事ができるような和歌山にしてゆくのが私たちの役割だと思っています。ただ、口で言うのは簡単ですが、実行してゆくのは大変なことです。
 和歌山県は外国人の居住地が分散している、いわゆる散在地域です。全国の他の散在地域と同じようになかなか支援が行き届かず、課題を抱えています。しかし、これからも外国の方は増え続けるでしょうから、外国につながる子どもへの教育支援は絶対に必要で、続けていかなければなりません。そして、もっと外国の方が住みやすい和歌山になっていったらいいなと思っています。

――外国につながる子どもへの教育支援を行うには諸機関との連携が肝要なのですね。支援の現状をお話しいただき、ありがとうございました。

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