「地味にすごい」古賀市の多文化共生は、現場主義と対話

 近年急速な発展を遂げている大都市・福岡に近接しながらも、海と山に囲まれ、コンパクトで穏やかな街並みが広がる福岡県古賀市。人口約5万9000人のこの市では今、働き手としてやってきた外国籍の若者たちの定住が進みつつある。

 この変化に対し、古賀市が選んだアプローチは、現場の肌感覚を徹底的に信じることだった。象徴的なのが、全国的にも珍しい市直営の「交流型日本語教室」である。そこは単なる語学学習の場にとどまらず、文化の違いを尊重し合い、日々の小さな悩みをこぼせる温かな居場所として機能している。

 行政独特の縦割りの枠を取り除き、外国籍住民の「声なき困り感」に寄り添う市職員たち。等身大のコミュニケーションが地域をどう変えていくのか。大仰ではなく人間味あふれる多文化共生の最前線について、古賀市まちづくり推進課の牟田口課長と、同課国際交流・多文化共生係の青栁さんに伺った。

画像引用元:Map-It
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現場の声をもとに進める多文化共生

 古賀市の多文化共生への歩みは、地理的な事情と結びついている。古賀市は九州最大の都市である福岡市と第2の都市である北九州市の間に位置しており、両市を結ぶ幹線の国道3号、九州自動車道、JR鹿児島本線が通っている。交通の便に恵まれ、市内各地に食品工場や物流系の施設が多く立ち並び、現在も土地利用の転換が進むなど、働く場が非常に豊富なのだ。

「令和7年の12月末現在で、約1400人の外国籍の方が市民として生活をしておられます。古賀市の人口から割り出すと約2.3パーセント。この数字は新型コロナの影響を受けた期間を除いて、常に右肩上がりの状況です」

 そう現状を説明する牟田口課長によると、在留資格の約半数が技能実習や特定技能。次いで永住者が多いという。工場などの働き手として古賀市にやってきた外国籍の若者たちが、やがて仕事でステップアップし、結婚などを経てこの街に定住していく。そんなサイクルが出来つつある。

 こうした現実を前に、古賀市は令和2年度(2020年度)、まちづくり推進課内に「国際交流・多文化共生係」を新設し、多文化共生を市全体のまちづくりの柱として明確に位置付けた。その上で、机上の空論で事業をスタートさせることはしなかった。

「我々としては、多文化共生を推進するに当たって何から始めていこうか、ということを裏付けるために、まずは徹底した聞き取りを行いました。市役所の各課はもちろん、事業所や保育所など、いろんな方とお話しをさせていただいて。我々が『おそらくこうよね』と勝手に想像するのではなく、実際に現場に立っていらっしゃる方の肌感覚を知らなければ、恣意的な推進になってしまいますから」(牟田口課長)

 現場の声から見えてきた最も大きな課題は、やはり「言葉の壁」だった。

異例の「市直営」日本語教室で信頼感を醸成

 聞き取りを経て始めた取り組みとしては、生活ルールをまとめた多言語リーフレットの作成や、ホームページの「やさしい日本語」変換機能、市役所での多言語相談窓口の設置などが挙げられるが、大黒柱となっているのは「交流型日本語教室」の運営だという。
 全国の自治体では、こうした交流事業は国際交流協会などに外部委託されるケースが非常に多い。しかし、古賀市はこれを直営で行っている。ここに、古賀市の本気度と革新性が表れている。牟田口課長は熱を込めてこう語る。

「外国籍の方々は、職場では上司やチームリーダーの指示に従って働いていらっしゃる訳ですが、その対話の枠組みは『仕事』というカテゴリーに限定されてしまいます。ですからこの日本語教室では、例えば『ちょっと喉が痛いっちゃけど、どこの病院が言いかいな』とか、あるいは『今度ひな祭りあるっちゃけど、これは日本の伝統的な文化でね』とか、『秋になるとお月見会をやったりね』といった、職場では交わされないであろう日常会話をあえてテーマに持ってきているんです。もちろん、『“N3”認定を取るんだ』など明確な目標がある学習者さんにも対応しています」

 古賀市の交流型日本語教室は、先生と生徒に分かれ、テキストに向かってカタカナや漢字を詰め込むスクール形式ではない。大学生からシニアまで、幅広い年代の日本人ボランティアスタッフが運営に携わり、外国籍の学習者と車座になって「やさしい日本語」(+方言)で会話を楽しむ。そこは学習者にとってホッとする空間であり、日頃の悩みをこぼせる貴重な居場所となっているようだ。

「外国籍の方も日本人も入り交じっている、本当に温かい風景です。日頃職場では相談できないことなんかもここで解決していただくことで、教室の信頼度がぐんと上がる。そういったことも狙って、市の直営で仕掛けているんです」(牟田口課長)

 県や入国管理局の外国籍住民向けの相談会も教室とコラボレーションさせるなど、機動的な運営ができるのも直営ならではの強みだ。他の自治体からの視察が相次いでいるというのも頷ける。

外国籍住民の日常的な「声なき困り感」

 令和7年の4月から同係に着任し、最前線で外国籍住民と関わっているのが青栁さんだ。古賀市で生まれ育った青栁さんは、この部署に来るまでは街ですれ違う外国籍の人々を「正直なところ、いるのかいないのか、認識すらしていなかった」と打ち明ける。しかし、日本語教室での関わりを通して、青栁さんの視界は劇的に変わった。

「町の中で見かけると『あっ!』と思ったり、教室でお会いした人には自分から声をかけられるようになったりました。最初は、私から声をかけていいのかなって不安だったんですけど、ある学習者の方に『声をかけてもらってすごく嬉しかった』って言ってもらえて。それからはもう、お会いしたら『今日お休み?』とか『何しよる?』って積極的に聞くようにしたんです」

 そんな青栁さんだからこそ気づけた、外国籍住民の「声なき困り感」がある。それを象徴するエピソードが二つ。

 ある日、青栁さんは同じ町に住む外国籍の学習者とスーパーで偶然に会った。その人は「フライパンを買うのにどっちがいいか」と悩んでいた。青栁さんは「値段を優先するのか、機能を優先するのか」を一緒に考え、「最後は自分で決めな」と背中を押して別れたという。

 後日、その人に「フライパン買った?」と尋ねると、返ってきたのは意外な言葉だった。 「いや、結局何がいいかわからなかったので買わなかった」。

「生活のちょっとしたことですよね。でも、彼らは誰にも相談できないんだろうなと。私たちもフライパンを買う時に迷うけれど、それとは違う『迷いの深さ』が彼らにはあるんだろうなと思ったんです。本人たちは『暮らしには特に困ってない』と言っても、本当はこういうところで悩んでるんだなと」

 また、日本語教室にて別の学習者からこんな相談もあったという。「会社で『おはよう』と言われて『おはよう』と返すけど、いつもその後に会話が続きません」。教室の日本人スタッフは「天気がいいですねと言えばいいよ」と教えた。後日、その通りに実践してみた。相手からは「そうですね、だんだん春になりましたね」と返ってきた。しかし、「その次にもう言葉が出なくて、やっぱり会話が終わってしまった」と、また悩んだ。

 日本人からすれば「そんなことで困っているのか」と思うような日常の些細な出来事だが、言葉や文化が異なる場所から来た人たちにとっては壁になり得る。青栁さんがそれに気付けるのは、いつも彼らの立場を慮りながら言葉を交わしているからに他ならない。

「他の人を好きになりました」?違いを面白がり、尊重し合う空間

 古賀市の交流型日本語教室が、とてもフランクで柔軟な場であることを示すエピソードもある。
 ある日、中国出身の20代の女性がノートを持って教室にやってきた。先週見た日本のテレビドラマで、どうしても意味がわからないフレーズがあったという。青栁さんが「何て書いてあるの?」と覗き込むと、そこには「他の人を好きになりました」と書かれていた。浮気や不倫を告白するシーンのセリフだ。
 青栁さんと周りのボランティアスタッフが「確かにドラマでよく言いますよね」と頷く中、彼女は「そんなことはありえない!」と強く言い張ったのだという。彼女の文化的背景や価値観からすれば、到底受け入れがたいセリフだったのだ。

「一瞬、みんなでシーンとなってしまって。私が『好きなパートナーがいても、別の人をかっこいいなとか素敵だなと思うことはない?』と聞いても、彼女は『ない』と。どう伝えるか、みんなでざわざわしましたけど、結局その日は、彼女が納得する回答を出せずに終わってしまったんです」

 言葉の意味を翻訳するだけなら簡単だ。しかし、言葉の裏にある文化の違いや、前提となる価値観の違いに直面した時、コミュニケーションは難しさを増す。ただ、素晴らしいのは、この教室のボランティアスタッフが誰一人として、彼女の主張を「日本ではこうだから」と頭ごなしに否定しなかったことだ。

「みんながお互いを尊重して、否定せずに一緒に考える力を持っているんです。だから学習者の人も、日本社会では『それを言ってはダメだ』と注意されそうなことでも、ここでは何も遠慮せずに『これってどうなんですか?』と素直に自分を出せる。お互いに思いを伝え合える、すごく面白い場所になっています」

古賀市の職員には優しさが根付く

 こうした現場の取り組みを後押ししているのが、古賀市役所という組織の異質なまでの風通しの良さだ。「どうしても公務員は机の上で仕事をしてしまったり、頭の中だけで考えたりしがちですが、田辺市長からは『市の職員自らがクリエイティブに仕事をしなくてはいけない』とよく言われています」と青栁さんは語る。「現場主義と対話」を政治信条に掲げる田辺一城市長は、優れたリーダーシップを発揮しながらもトップダウンではなく、職員の「やってみよう」という声を後押しし、現場が働きやすい環境を作っているという。例えば、市役所の窓口受付時間が市長の意向で令和7年1月から9時~16時に短縮され、そこで生まれた時間を職員が部門横断的な活動に充てられるようになった。

 実際に、市立図書館と青栁さんの所属するまちづくり推進課が早速連携した。まちづくり推進課から図書館に「多言語や多文化の絵本・読み物を知ってもらうことはできないか」という相談を持ち込んだ。読書バリアフリーという観点から図書館のあり方を模索する中で、「外国につながりのある子どもたちも古賀の市民だから図書館を利用できるのに、『自分が理解できる・興味のある本』というツールがなければ、そもそも図書館に足が向かないのではないか」と、ずっと考えていたそうだ。
 すぐに連携し、『にじいろのさかな』や『はらぺこあおむし』といった有名な絵本の多言語版を置くコーナーの新設につながった。青栁さんは「こんなことに困っている、こんな風にやりたいという他部署と、一緒にやれることを探す連携がすごく取りやすいんです」と語る。

 相手への想像力は、市役所の窓口対応にも自然と根付いている。青栁さんたちの係から各窓口に翻訳用タブレットを配備したものの、実はあまり稼働していなかった。窓口の職員たちに理由を聞くと、「なるべく自分たちから『やさしい日本語』で声をかけて対応している」と答えたのだという。

 行政の複雑な制度をやさしい日本語に噛み砕いて丁寧に伝える。よほどの時は、来庁者自身が持っている翻訳機(文字として記録に残るため、後々相談する際にも便利だという)を併用してコミュニケーションをとっている。「行政の言葉は日本人でも難しいのに、やさしい日本語を駆使して対応してくれている姿を見ると、古賀市の職員には優しさが根付いているんじゃないかと思います。本当にありがたいですね」と青栁さんは感謝を口にする。

「多文化共生」を特別なものではなく、当たり前の日常に

 現在、古賀市は次なるステップに向けた準備を進めている。これまでの5年間の事業を振り返り、市内事業所や通勤・通学者も含めた「多文化共生に関するアンケート」を実施する予定だ。これも外部に委託せず、職員たち自ら企画から集計までを行う予定だという。

「多文化共生という言葉が、どれくらい行き渡っているのかを把握したいんですね。私たちの係名は国際交流・多文化共生係ですけど、これからは国際交流というイベント的な概念ではなくて、同じ社会の中で生活者として生きている外国籍の方がたくさんいることを、もっと日本人市民の方にも知ってもらいたい。お互いに生きやすい社会にしていかなくちゃいけないんです。私は市内に住まわれている外国籍の1400人全員と繋がることはまだできていませんが、彼らが困ったことがなくても気軽に立ち寄ってもらえるような市役所にしていきたいです」(青栁さん)

 インタビューの終盤、「(土日にも実施される)交流型日本語教室は仕事なんですけど、すっごい楽しいんですよ」と笑う青栁さんの姿が印象的だった。ボランティアスタッフたちから「毎週大変ですね」とねぎらわれるそうだが、青栁さんにとっては趣味のように楽しいそうだ。
 「地味にすごいんですよ、古賀は」と青栁さんは謙遜交じりに言った。古賀市の多文化共生は、大げさなスローガンを掲げない。スーパーでフライパン選びの相談に乗り、ドラマのシーンの翻訳に悩み、声なき子どもたちに思いを馳せ、窓口でやさしい日本語を紡ぎ出す。そんな等身大のコミュニケーションの積み重ねの先に、古賀市が目指す、誰もが暮らしやすい社会がきっと見えてくる。

写真提供:福岡県観光連盟
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